自堕落な人間の抱える限界をAIが突破します

早いもので9月。
自分にとっては、「VWの排ガス不正が明るみに出てから1年かー」という感慨。
それだけ衝撃的なニュースだった。それにしても、それと前後して起きた「不祥事」の密度は異常だったのではないか。
 

不祥事の大量生産

<2015年秋以降に発覚したインパクトの大きい不祥事の一例>
企業、プロスポーツ、芸能といった各方面の「本当のトップ級」について、半年か1年ほどの間で、これだけの不祥事が起きた。(三菱自だけ微妙かも^^;)
昨年このブログにも書いたが、VWは世界中の自動車メーカーがベンチマークする存在だった。巨人は腐っても「球界の盟主」、清原はいまだに「甲子園最強バッター」だ。ベッキーは「こんな良い子がいるのか」というような清廉潔白かつ聡明な女の子を見事に体現していたし、SMAPは男性アイドルの不動の頂点にいた存在だった。
 

人間じゃもうダメ

個人的にはVWとベッキーにもっとも近しいものを感じるのだが、「優等生の崩壊」というか、人間が頭で描く『かくあるべし』を本当に実現している存在がいると思ったらじつはいなかった、というようなガッカリ感がある。「人間って、やっぱりダメな生き物なんだな」といやでも思いたくなる。
そんな時、にわかに脚光を浴びるAI(人工知能)。
不倫しないしギャンブルにも薬物にもはまらないし、何より正確な計算は得意中の得意だ。(不正を強制するロジックが組み込まれていないかぎりは)
 
不正や粉飾は、「かくあるべし」を目標(法規制や経営計画)にしたはいいが、それを達成できなかったことに対して「責任を取る=企業人としての死」を人間の生存本能が拒否したことにより起きたと僕は考えている。対して人工知能は生身の肉体を備えていないので生存本能と呼べるものが存在しない。だから仮に何らかのミスをしたとしても、責任を逃れようとはしないはずだ。(責任回避ロジックが組み込まれていないかぎりは)
 
人間界の不祥事は止まらず、人間の脳をAIが凌駕する日(シンギュラリティ)へのカウントダウンはもう始まっていると言われ、だんだんそれが既定路線のように感じてくる...そうすればAIの「社会進出」も抵抗なく進む、かもしれない。